Non thyroidal illnessに対して、過剰なくらいのチロキシンが投与されていた人。
もう数年間継続され、その間TSH 0.01と抑制され続けていた。
そのような患者さんで、チロキシン内服の必要はないと判断し、チロキシンを中止。
まず最初の1ヶ月で半量とし、その次の1ヶ月でさらに半量とし、その後に甲状腺機能をフォローすると、TSH正常範囲、FT3 低値、FT4 低値という結果であった。
さて、どう解釈すべき?
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結論から述べると、
長期間の外因性甲状腺ホルモン高値状態が持続
↓
ネガティブフィードバックにより視床下部のTRH分泌、下垂体におけるTSH分泌の低下
↓
TRHの分泌低下により下垂体萎縮が生じ、さらにTSH低下、TRHへの反応性も低下。
↓
内因性甲状腺ホルモンの分泌も抑制状態が持続 ± 長期間経過し、甲状腺の萎縮も出現。
↓
外因性甲状腺ホルモン(チロキシン)の減量、中断
↓
血中甲状腺ホルモンの低下
↓
下垂体抑制状態のため、TSHの分泌亢進が生じず、
結果的にTSH、FT3, FT4すべて低値へ。 という状態と判断した。
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この抑制状態はどの程続くのか?
ヒトを対象としたこのような実験は行われておらず(それはそうだ)
ラットを対象に3−28日間、過剰にチロキシンを投与し、その後の反応を評価した実験報告はある。(J Clin Endocrinol Metab 1975;40:942)
その結果、中断後 甲状腺ホルモン値は低下しTSH値も低下. TRH負荷後もTSHの上昇は認められなかった。
低下期間はチロキシンの投与期間が長期間ほど長い傾向があった
TSH低下している例では下垂体組織内のIntracellular colloid dropletの減少, 消失が認められている。
また、同じような病態として、
バセドー病患者において、抗甲状腺薬を開始後、TSHはどの程度で改善するかを評価したメタアナリシスでは (Clin Invest Med. 2015 Apr 8;38(1):E31-44.)
45.5%が3ヶ月以内に上昇
69.3%が6ヶ月以内に上昇
73.8%が12ヶ月以内に上昇を認める.
69.3%が6ヶ月以内に上昇
73.8%が12ヶ月以内に上昇を認める.
また、TBII陰性患者では80.7%が6ヶ月以内に上昇を認め, TBII陽性患者では58.7%のみと, 抗体にも関連する.
バセドーのように診断されるまである程度時間がかかる疾患 = 長期間の甲状腺ホルモン高値となる疾患では結構長く抑制されているようだ。
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当然といえば当然で、
TRH-TSH-T3、T4にもCRH−ACTH−Cortisolと同じような機構があり、
長期間ステロイド使用患者が使用を中断すれば副腎不全となるように、
長期間チロキシンを使用している患者が急に減量、中断すれば甲状腺機能低下症となる。
初期はネガティブフィードバックのみであるが、それが長期間となると萎縮を生じ、
刺激ホルモンを付加しても反応が乏しくなる。
どの程度で機能が改善し始めるかは不明であるが、
慎重な減量とフォローが必要となる。
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このような機序を利用して、甲状腺癌患者に対するTSH抑制療法というものもある。
甲状腺癌(乳頭癌)の抑制目的、術後の再発予防としてチラーヂンを使用しTSHを低値で維持する療法. (Surg Today. 2012 Jul;42(7):633-8.)
当然副作用として心房細動のリスクが上昇する報告がある (10.3−17.5%でAfを合併) (Clin Invest Med. 2012 Jun 1;35(3):E152-6.)
日本国内で行われたSingle-center RCTではチラーヂンによるTSH抑制療法は再発リスク軽減効果は認めず.
乳頭癌術後の433例を対象とし, TSH <0.01µU/mLで維持群 vs TSH正常範囲で維持群に割り付け、比較。
Disease-free survivalは両者で有意差なしとの結果であった。(J Clin Endocrinol Metab 95: 4576–4583, 2010)