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2019年6月15日土曜日

慢性の「低」体温

不明熱よりもある意味稀な病態、慢性の低体温症

70歳代女性. 脳梗塞既往, 糖尿病(HbA1c 6台)の既往あり.
今回ふらつきで受診し, 左側頭葉に脳腫瘍を疑わせる像が認められた.

精査目的にて入院となったが, 入院後体温が30-32と低値が持続
入院前は体温は不明.

ということでコンサルト.

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本人に自覚症状はなく, 寒いという感覚もない.
むしろ布団をかけると暑がり, 発汗もある. とはいえ体温が低いので汗も冷たい.

血液検査では特に異常は認めない. 炎症もなし. 電解質異常もなし.
血球減少もなし.
甲状腺正常. 副腎機能正常.

深部体温を測定すると, 32度(体表温30.7度) と低い.
心電図変化なし.

また数年前に脳梗塞で入院していた際の熱型表を取り寄せると, 体温は正常(36-37度)であった
最近の近医受診時でも体温の記録があり、その時は36度


・・・なんだこれ?




続発性低体温症, Episodic hypothermia
低体温は35度未満で定義され偶発性低体温症が問題となることが多いが疾患に続発するものもある
・主に内分泌疾患, 代謝疾患, 薬物, 中枢神経疾患, 皮膚機能障害が原因としてあげられる.
・中枢神経疾患としては,
 脳血管障害, 脳腫瘍, Wernicke脳症, MS, 結核性髄膜炎, 頭部外傷など
 脳梁や前脳基底核の形成不全・奇形を伴う多汗と周期性低体温症(Shapiro症候群)というのもある
 脳腫瘍は視床下部付近の腫瘍が原因となる報告がある
(日本老年医学階雑誌 1990;27(1):69-73)(J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1981 Mar;44(3):255-7.)

(Eur J Paediatr Neurol. 2014 Jul;18(4):453-7.)

脳腫瘍患者において, 低体温が初発症状となった報告.
・国内より, 84歳女性, 直腸温にて持続的に35度以下を示し精査の結果第三脳室近傍に30x30x35mmの嚢胞性腫瘍を認めた報告
 他に内分泌機能を含めて明らかな異常を認めず視床下部圧排による体温調節機能の異常と判断された.
・また感染症合併時は正常に体温は上昇を認めた.
(日本老年医学階雑誌 1990;27(1):69-73)

35歳男性, 第三脳室に浸潤する毛様細胞性星状細胞種の術後に繰り返す周期性低体温を呈した報告
・術後尿崩症や低Na血症を呈し, 対応.
・術後27日目に深部体温31, 徐脈, 意識障害を呈し, ICU管理
 その後も周期性に発汗を伴う低体温, 徐脈, 意識障害エピソードあり
 Clonidine, Levodopa, Citalopramを試したが不応 
(Acta Neurol Belg. 2015 Dec;115(4):753-5.)

他に悪性腫瘍によるEpisodic hypothermiaの報告では腎細胞癌からの視床下部転移の症例視床下部原発の脳腫瘍症例左前頭葉の異所性灰白質での症例報告がある.
・間脳のてんかん発作による低体温の機序やバルプロ酸やカルバマゼピンにより改善した報告から, てんかんの関連が示唆されている.
視床下部におけるてんかん波は通常の脳波検査では評価しにくく抗てんかん薬による治療的診断も考慮する
(Neurol Clin Pract. 2014 Feb; 4(1): 26–33.)

脳腫瘍以外の中枢疾患では, MSでの報告が比較的見つかる
他は上で書いたようにウェルニッケや結核性髄膜炎, 脳外科術後
(Acta Neurol Scand. 1992 Dec;86(6):632-4.)

MSでは視床下部病変によりEpisodic hypothermiaを生じる報告がいくつか報告されている.
・Mayo clinicにおいて1996-2015年に受診した患者のうちMSと低体温で検索した結果, 34例でMSと低体温の併発が認められた.
このうち22(94%)Episodic hypothermiaと進行性のMS症例
・その多く(56%)で感染症の関連が疑われたが, 照明されたのは28%のみ
MRIにて視床下部病変を認めたのは4(14%)のみ.
 脳幹病変は82%と多い. 活動性の炎症性病変は11%のみ
(Mult Scler. 2019 Apr;25(5):709-714.)

低体温による臓器障害では, 肝障害, 膵炎, 胃潰瘍, 血球減少, 意識障害,  徐脈, 奇異性発汗などが報告がある
(Postgrad Med J 2008 84: 282-286 )


Shapiro syndrome
Episodicな発汗, 低体温を呈する先天性疾患
脳梁の低形成を伴うが, 認められないケースもある.
(Eur J Paediatr Neurol. 2014 Jul;18(4):453-7.)
・先天性であるものの, 成人発症例もあり. 発症年齢は幅広い
 また, 外傷などで脳梁損傷があり, その数年後にEpisodic hypothermiaを生じる報告もあり, これも広義のShapiro syndromeとしている報告もある(European Journal of Neurology 2007, 14: 224–227 )

Shapiro syndromeの症状

・脳梁形成不全は40%
・発作は30分以上のことが多く1回以上が65.8%

周期性低体温で行われる治療
(Neurol Clin Pract. 2014 Feb; 4(1): 26–33.)
・クロニジンが使用される例が多い
 また上記の通りてんかんが疑われる場合は抗てんかん薬を試すのも手であろう

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持続性の低体温症の報告は非常に少なく, まとまったものはない.
中枢系では視床の障害を呈するもので報告がある.
今症例では側頭葉内側の脳腫瘍はあるが, 視床への浸潤は画像上明らかではない.
しかしながら, 他に内分泌障害もない, 薬剤も原因となるものは乏しい.

そして何よりも少しでも温めると「暑がり, 発汗する」ということからは代謝の低下ではなくセットポイントが異常であると考えている.

特に低体温による臓器傷害(報告では汎血球減少を生じる例もある)もないため,
現時点では経過観察となる.
脳腫瘍の治療とともにどうなるかが興味深い.