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2018年7月28日土曜日

症例: CH50のみ低いのですが?

80歳台男性. 自己免疫性疾患も疑う病状であったため自己抗体補体免疫グロブリンなどチェックしたところ, CH50のみ低い結果が. C3,4は正常範囲. これはどう解釈したら良いだろうか? 次の一手は?

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補体低下の原因は以下を参照.
機序

免疫複合体の形成
C3,4双方が低下(Classical pathway)
SLE, MPGN, クリオグロブリン血症(I-III)
糸球体腎炎や血管炎を呈する慢性感染症
感染後糸球体腎炎, リウマチ性血管炎, 特発性血管炎, Serum sickness, 薬剤性ループス, 薬剤過敏性症候群, 化学療法, 甲状腺疾患, Jejunal ileal bypass, B細胞性リンパ増殖性疾患
免疫以外の原因
主にC3の低下(Alternative pathway)
動脈硬化性塞栓症, HUS/TTP, 重症敗血症, 重度の低栄養, 肝不全, 急性膵炎, 先天性の補体経路異常, 熱傷, 急性心筋梗塞, 造影剤使用, 透析, Cardiopulmonary bypass, マラリアによる溶血発作, 全身性ウイルス感染症, ポルフィリア
(Kidney International 1991;39:811-821)

検査ではC3,C4,CH50がコマーシャルベースで評価可能であり,
・C3, C4は血中に最も多く存在する補体成分で主に肝臓で産生される.
CH5050% hemolytic complement activityを示し一定の赤血球を50%溶血させるのに必要な補体活性. 補体全体を反映する

基本的にC3もしくはC4低値ならばCH50も低下するが,
C3,C4正常でCH50低下の場合はCold activationと他の補体成分の欠損を考慮する
・Cold activation: 採血後低温にすると補体が活性化する現象
 HCVやクリオグロブリン血症に関連する.
 上記評価には37度に維持して評価もしくはEDTA血漿を用いて再評価し, 正常化を確認
(Journal of Clinical Immunology 1992;12(5):362-370)

補体のCold-Dependent Activation(CDAC)
・補体成分は正常, 37度血清やEDTA血漿で評価したCH50は正常だが, 通常の検査にてCH50が低値となる現象

リウマチ性疾患 170例において, 補体を評価した報告では19例で持続的な補体低下が認められた.
(Clin Exp Immunol 1997; 107:83–88 )
このうち9例でCDACと判断
・リウマチ性疾患間でCDACリスクは同等

・有意差を認めるのはリウマチ因子とHCV

ということで, EDTA血漿で再評価+HCVを評価すると, HCV抗体陽性との結果かなりCDACが疑わしい状況と言える.

ところでもし補体欠損であったらどうなのだろうか?ということも気になったのでサラッとだけ触れる.

日本人で多い補体欠損はC9欠損
(Int Immunol. 1989;1(1):85-9.)
・大阪の献血データ 145640件において補体を評価した報告では138例でC9欠損が認められた. これら症例のCH5013.1±3.0U/mL
頻度としてはC9欠損は0.095%
 他のC5-C8の異常は0.011%
・CDACによるCH50低値は657. 0.451%であった.

補体欠損とリスクとなる感染症, 関連疾患


・一部ではSLESLE様症候群を呈する.
・C5-C9では髄膜炎菌による髄膜炎, 敗血症リスク
C9欠損は日本人で多いとの記載がある.

2018年7月25日水曜日

症例: 90歳男性、謎の空気.

 寝たきり施設入所中の男性食欲低下腹部膨隆にて入院.
 腹部所見では軽度腹部は膨隆あるも腹壁はSoftで圧痛もなし. 腸管蠕動も問題なし.
 腹部エコーでは小腸内のFluidが軽度貯留あるが腸閉塞というほどの拡張もなし.排便・排ガスもあり.
 血液検査も明らかな異常なし.

 ふと1ヶ月前に撮影した腹部CT(大動脈瘤フォローで撮影されていた)を見てみると何か違和感がありさらに細かくみると上腹部にFree airあり
 そこで今回も再評価すると同程度のFree air(+). 他の以前のCTには確認した限りは認められず.

 腸管虚血を示唆する所見もなく腹水もなし
 さてこのFree Air...

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腹腔内のFree air: 気腹症の9割は消化管穿孔によるもの(Surgical pneumoperitoneum).
・それ以外のNon-surgical pneumoperitoneumには術後内視鏡後, PEG増設後特発性細菌性腹膜炎。。。などの頻度高い(Crit Care Med 2000; 28: 2638 –2644)

さらに他の原因:
・胸部病変・呼吸器使用に伴うものや骨盤内の処置によるものが多い
・コカイン使用, 強皮症(腸管気腫を伴わない)によるものもある

特発性気腹症14例のまとめ(Surgical Case Reports (2015) 1:69)

・既往歴に強皮症やRaynaud現象があるのが3.
 他はNSAID使用やTB, Stroke後など.

強皮症では腸管気腫症との関連が報告されており以前少しまとめたのでそこも参照してほしい

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この患者さんはおそらく強皮症では?
と思い再度診察すると年齢の割には顔面のしわが少なく光沢を帯びている
軽度毛細血管拡張もあり
手指のPuffyな腫脹も認められ, Nail-fold capillaryの消失, 拡張所見もあり.

背景に強皮症がありそれにより気腹を繰り返している可能性が示唆される.
便秘や内服も評価しリスクがあれば介入する方針となった.

2018年7月9日月曜日

重度の代謝性アシドーシスに対する重炭酸NaのRCT

重症の代謝性アシドーシスに対するNaHCO3の投与については長年議論されている分野投与しても予後には関係しないとの意見が多く現在はあまり行われていない治療かもしれないこのへんは施設毎でやり方が異なる.

この度フランスよりランダム化比較試験が発表された
(Lancet 2018; 392: 31–40)

BICAR-ICU; フランスの26施設のICUにおけるRCT. 
重度のアシデミア(pH≤7.20, PaCO2≤45, HCO2≤20mmol/L), さらにSOFA≥4もしくはLac ≥2mmol/Lを満たす成人患者を対象.
・NaHCO3を投与しない群 vs 4.2%NaHCO3pH>7.30を保つ様に投与する群に割付け, 死亡リスクや臓器障害, 腎障害リスクを比較.
透析の基準は統一: ICU入室時にK>6.5mEq/L+無尿, 肺水腫+無尿
 割付後24hで尿量<0.3mL/kg/h24h以上, pH<7.20, K>6.5mEq/L
投与速度は125-250mL30分で投与, 24h1000mlを上限とする.

除外項目: 呼吸性アシドーシス, 消化管, 尿からNaHCO3喪失が認められる群(≥1500ml/dVol lossがある群), CKDステージIV, ケトアシドーシス, スクリーニングの24h以内にNaHCO3投与されている群

母集団
・敗血症性ショックは50%程度
・pH7.15

アウトカム
・全体では死亡リスクや臓器障害リスクは有意差なし.
・AKIN 2-3では, 死亡リスクの軽減効果, 臓器障害リスクの軽減あり.
 透析治療リスクや導入までの期間は有意に改善
*AKIN 2-3はベースラインからのCr2倍以上に上昇、尿量<0.5h12h

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透析の導入基準が24h後のpH<7.20なので、Control群で透析導入が多く早くなるのは当然
 
AKIN 2-3群において死亡リスクを改善させるというのは興味深い結果
ベースラインからのCr2倍以上に上昇、尿量<0.5h12hの患者群における重度のアシドーシスではNaHCO3を投与するマネージメントはありか

2018年7月7日土曜日

症例 CO2ナルコーシスの高齢女性

80台女性意識障害で救急搬送 CO2貯留(116mmHg)を認めNIVを装着し入院となった.
 血液ガスの結果からは, Acute on chronic平常時のCO270-80mmHgの計算.
 喫煙歴はない.

 NIVにて翌日の意識は改善呼吸様式を確認すると両側のAir入りが悪い意識させると深呼吸はできるが通常の状態を確認すると低換気状態.
 呼気延長はなしややビア樽状の胸郭ではある.

 頚部〜胸郭上肢は筋萎縮あり痩せている. 一方で下肢の肉付きは良い. CT検査でも頚部上肢背部傍脊柱筋は萎縮が目立つが下肢の殿部、大腿筋は萎縮認めない.

 改めて病歴を聴取すると, 1-2年前より嚥下時の噎せこみや嚥下しにくい感じが出現したと。またふらつきも増え転倒も最近は増加
 呼吸苦はたまに訴えることがあった。1年前に他病院の呼吸器内科、循環器内科などで肺の評価心臓評価を行なったが特に異常は認められず症状はよくわからないと言われた.

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ここまで情報を集めるとそろそろ分かってくる人も多いかと思いますが,改めて身体所見を評価特に四肢や舌をよくよく観察してみたところ,
筋維束性攣縮を確認.

神経内科コンサルトとしエコーでの筋維束性攣縮の確認筋電図の評価も行われ
Bulbar ALSと診断された.

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ALS: Amyotrophic lateral sclerosis
(Orphanet Journal of Rare Diseases 2009, 4:3 )(N Engl J Med 2017;377:162-72.)
運動ニューロンの進行性の変性を来す疾患群.
様々な疾患が含まれておりClassical ALS, Progressive bulbar palsy, Progressive muscular atrophy, Primary lateral sclerosis, Flail arm syndrome, Flail leg syndrome, ALS with multi-system involvement.などある
現在はClassical ALSSpinal ALS(四肢麻痺からくるALS), 
 PBPBulbar ALS(脳幹症状からのALS)と呼ぶことが一般的.

ALSは進行性の運動神経の変性症.
・一次運動野, 脳幹, 脊髄の運動ニューロンの変性.
脊髄前角細胞の変性による筋萎縮, Fasciculations
・Lateral sclerosis; , 外側皮質脊髄路の運動神経が変性しGliosisにより置き換えられる状態を意味している.

ALSの疫学; 孤発性ALSは欧米, 西欧では1.5-2.7/100,000-yの発症率.
・70歳までに発症する率は400-1000人に1名の割合となる.
男女比は1~1.5 : 1と同等か, やや男性に多い
発症年齢は55-65yで多く, 平均64. <30yでの発症は5%のみ.

今症例のようなBulbar ALSは女性, 高齢者に多い.
・70歳以上のALS発症例の43%Bulbar症状を認める(30歳未満では15%のみ)

家族性ALSは全体の5-10%
・地中海沿岸の人種に多く, 浸透率も高い.
 遺伝形式の殆どが常染色体優性遺伝となる.
家族性ALSは孤発性と比較して, 発症年齢が10歳程若い(40-50)
原因遺伝子は9q34(ALS4, senataxin), 2q33(ALS2, alsin), 15q12-21.

ALSの臨床所見
ALS2/3Spinal ALS.
近位もしくは遠位の四肢筋力低下で発症するパターン.
・症状は非対称性で, 徐々に進行.
当初, 患者は症状に気づかず, なにかを拍子に気づくこともある(冷水につかる等.)
片側の上肢の脱力で来ることが多いため頸椎症として誤診され易く, しばしば手術までされることもある.
下肢の脱力例では腓骨神経麻痺との鑑別が重要.

Bulbar ALS; 全体の1/3.
・構音障害から発症する. これも潜在性に進行し,  初期ではアルコール飲酒に際して出現しやすくなる.
その後嚥下障害を生じる.
唾液の嚥下が困難となり, 流涎が多量となることが多い ラクナ梗塞との鑑別が大事.
四肢の脱力はBulbar症状と同時に出現, 進行することが多い.
 1-2年以内に出現する例が大半を占める.
四肢やBulbar症状が軽度な状態で呼吸不全を生じるのが5%程度
 夜間の低換気が主で, 早朝の頭痛や日中の傾眠など生じやすい.

身体所見では, 筋萎縮とFasciculationが大事.
・Spasticityは筋緊張の亢進と回内筋, 膝蓋の “Catch”, クローヌスが原因で生じる.
深部腱反射は左右対称性に減弱することが多いHoffman徴候は陽性となることはありえる.

脳神経では, 顔の下半分が障害され易い
・嚥下, 呂律, 舌運動, 顔面筋群の障害による無表情等.
嚥下反射は保たれることが多いが, 軟口蓋の機能が低下する.
舌にもFasciculationが認められる.
他の脳神経は保たれ, 眼球運動は可能なことが多い.

ALSと認知症
・ALSでは前頭葉機能の低下が20-40%で認められる.
・Fronto-temporal dementia5%で認められる.

自律神経障害を伴うこともある
・膀胱直腸障害や心臓血管症状
(Muscle Nerve. 2015 May ; 51(5): 676–679.)

ALSと疼痛: 疼痛はほぼ全例で認められる症状.
・どのステージでも生じ, 運動症状に先行することもある.
 QOLを著しく低下させるため, 評価, 対応が重要
(Lancet Neurol 2017; 16: 144–57 )

診断は淡路クライテリアとEl Escorial Criteriaを押さえておく
(Arch Neurol 2012;69:1410-1416)

感度
特異度
OR
淡路
81.1%[72.2-90.0]
98.2%[96.7-99.7]
35.8[15.2-84.7]
El Escorial
62.2%[49.4-75.1]
98.2%[96.7-99.7]
8.7[2.2-35.6]
(8 trialsのmeta)

ALSと鑑別が必要な疾患
特に頸椎症,  腰仙椎疾患腓骨神経麻痺など整形疾患との鑑別が大事

治療に関しては割愛

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この症例はBulbar ALSとしては結構典型的な経過と言える.

しかしながら, 疑わないとCOPD疑い」とか「窒息誤嚥」とかで片付けられてしまうかもしれない.
病院総合内科医をやっていると挿管患者でよくわからない低換気, CO2貯留などは確かにあるし高齢者の嚥下障害も多いため神経内科医ではなくてもこの病態は理解しておいた方が良いと個人的には思っている.

同様にClassical ALSは頸椎症や腰仙椎疾患など整形外科疾患と間違われることもありこれらを疑う時は頭のどこかにALSを置いておくことが大事
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