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2022年1月4日火曜日

深頸部感染症の総論的なやつ + Ludwig's Angina(口腔底蜂窩織炎)

深頸部には実に多くの間隙(スペース)がある.

例えば・・・

・扁桃周囲腔

・顎下間隙, 舌下間隙

・傍咽頭間隙

・頸動脈間隙; Carotid sheath内. 頸動脈, 静脈, 神経を含む

・咀嚼筋隙(側頭腔)

・耳下腺間隙

・咽頭後間隙; 頚部全体(上下)にまたがる

・Danger Space; 咽頭後間隙の後部, Alar-Prevertebral fasciasの間
 縦隔まで疎の組織が続いており, 縦隔炎へ波及するRiskあり

・椎体前腔; Prevertebral fasciaと椎体全面の間. 組織は密.

・Anterior visceral space; 気管前部, 舌骨下のSpace.  などなど


この中で, まず臨床敵に重要となる3つの間隙を押さえておく:

 顎下間隙(+舌下間隙), 傍咽頭間隙, 咽頭後間隙+Danger space

 この3箇所の炎症では, 気道閉塞リスクが高くなる. また縦隔炎のリスクになりえる.


炎症は以下のように波及する;

・大事なところは, 傍咽頭間隙(Lateral pharyngeal space)がハブとなり, 周囲の様々な間隙と隣接すること.

 >> つまりこの部位に炎症が波及すると, 周囲に広がりやすく, 椎体前面のDanger spaceに波及し, そして縦隔炎に至るリスクがある.

・そして, 傍咽頭間隙と咀嚼筋間隙は隣接しており, 傍咽頭間隙に炎症が及ぶ = 咀嚼筋群が障害される = 開口障害が生じる. というところは臨床的には超重要なポイントなる

 (上級医が開口障害で慌てるのはこのため)

超簡単なシェーマ 


それぞれの間隙の炎症と症状の対比:(Infect Dis Clin N Am 21 (2007) 557–576)

Space

疼痛

開口障害

腫脹

嚥下障害

呼吸苦

顎下間隙

+

±

口腔底

両側性で出現

両側性で出現

傍咽頭間隙前方

++

++

喉頭前側部

あり

たまに

傍咽頭間隙後方

±

±

喉頭後側部

あり

重度

咽頭後間隙, Danger space

+

±

喉頭後部

あり

あり

咀嚼咬筋翼突筋

+

++

見えない

なし

なし

咀嚼側頭筋

+

-

顔面眼窩

なし

なし

Buccal

±

±

頬部

なし

なし

Parotid(耳下腺)

++

-

下顎下顎角

なし

なし

・開口障害が強い場合は傍咽頭間隙への炎症波及を疑う.
 それには内側翼突筋の障害が関与している.

顎下間隙, 傍咽頭間隙, 咽頭後間隙の炎症では
気道閉塞のリスクがあり, 要注意.
 

 観察室 or ICUでの経過観察は必須.


頸部感染症で有名な疾患にLemierre症候群がある.

・Lemierre症候群は咽頭炎や歯肉炎、扁桃炎の炎症が傍咽頭間隙(Lateral pharyngeal space)に波及することで生じる疾患. 

・こちらを参照: http://hospitalist-gim.blogspot.com/2015/07/lemierre.html


もう一つ有名なものに, Ludwig's Anginaがある.


Ludwig's Angina: 口腔底蜂窩織炎

・顎下間隙に生じる蜂窩織炎, 膿瘍形成.

 両側の顎下間隙に生じる場合, Ludwig's Anginaと呼ばれる.

口腔底に急速に拡大する感染症であり,
 気道閉塞のリスクがあるため, 緊急疾患と捉えるべき病態. 

 未治療では半数が気道緊急に陥る(適切な治療で8%まで低下する)

・歯牙の感染からの波及が70%を占める.
 特に成人では歯牙感染が原因として多い.

 小児では上気道炎からの増悪が多い

・免疫抑制状態や低栄養, 糖尿病などはリスク因子となる

(American Journal of Emergency Medicine 41 (2021) 1–5)


顎下間隙の解剖

・顎下間隙は口腔底から舌骨筋付着部, 
側方は下顎骨, 後方は深頸筋膜の表層で形成される.

・また間隙は, 顎舌骨筋(Mylohyoid muscle)でsublingual, submylohyroid spaceに二分される

 顎舌骨筋と下顎骨付着部よりも下方より
第一臼歯が出, 上方より第二, 三臼歯が出るため, 第一臼歯の歯根尖端周囲膿瘍からは
Submylohyoid spaceに波及しやすく, 
第二, 三臼歯の歯根尖端周囲膿瘍からは
Sublingual spaceに波及しやすい


・LAの感染経路は, 歯牙からの感染が多くを占めるが, 他に口腔底の擦過傷や, 顎骨骨折, 異物, 顎骨, 舌腫瘍, 唾液腺炎, 
リンパ節炎, inferior alveolar nerve blockで生じる例もある.

・臼歯からの感染例が多く, 特に第2, 第3臼歯部の骨組織は薄く,
 歯根尖端周囲膿瘍が容易に進展しやすい環境がある(つまり
Sublingual spaceに波及する).


顎下間隙感染症の経過

・初期は口腔内の感染症より生じるため, 発熱や悪寒, 倦怠感を生じる

・口腔底に炎症が拡大すると舌の腫大や顎の腫大, 疼痛を認める.

・傍咽頭間隙に炎症が波及すると開口障害や嚥下障害を生じる
 

 側頸部の強い疼痛を生じる.
 

 リンパ節腫大が目立たない強い頸部痛は咽頭外側間隙の炎症の可能性を考慮

・そのまま声帯周囲に炎症が波及するとふくみ声や呼吸困難, 狭窄音,
 Tripoding postion, 窒息が生じる

 両側性の顎下間隙感染ではより気道閉塞リスクが高く, Ludwigh's anginaと呼ばれる.

(Infect Dis Clin N Am 21 (2007) 557–576)


LAの起因菌はPolymicrobialであることが多い

(American Journal of Emergency Medicine 41 (2021) 1–5)

・口腔内常在菌: Viridans Strepは40%で検出
 

 ついでS aureus(27%), S epidermidis(23%)が多い

・他にEnterococcus spp, E coli, Fusobacterium, Klebsiella, Strep. spp, Actinomyces sppが検出される.
 DM患者ではKlebsiellaの割合が高い(50%)

Streptococcus anginosusでは, 他の菌よりも急速に進行するリスクがある


LAに対する画像検査

・臨床診断が基本となるが, 造影CT検査は他疾患の評価, 除外にも有用.


 LAに対する造影CTの感度は95%, 特異度は53%.
 

 臨床判断と合わせると, 感度95%, 特異度80%

・MRIでも評価可能だが, 時間がかかる点からLAに対しては適応が難しい

・CTもMRIも仰臥位となるため, 上気道閉塞には注意が必要.

 
仰臥位をとれるかどうかの確認は重要.
また, 評価時に呼吸管理セットを用意しておく必要もある.

 困難ならばエコーで代用する方法もある.


CT画像例


LAの治療

・気道閉塞に対する気道管理, 
敗血症に対する循環動態の管理は重要.

・気道狭窄所見(呼吸苦やStridor, チアノーゼ, 呼吸状態の増悪)があれば,
 麻酔科, 耳鼻咽喉科コンサルトし, 気管挿管や気道確保を行う

・盲目的な挿管は気道閉塞を助長するため避けるべき

・抗菌薬選択



・LAに対するステロイド投与はControversial

 LAでは気道狭窄リスクが高いため, ステロイドが使用されることがある.

 しかしながらその有用性を評価したStudyはなく, 大半が症例報告のみ.

 2020年のNarrative reviewでは, 17論文より, 31例のGC使用例を抽出. 
使用されているのはデキサメサゾンが大半.
 GC投与の有用な点はこの論文では評価不能であり, 
投与を推奨も否定もできないのが現状 (Am J Otolaryngol 41 (2020) 102411)