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2015年10月27日火曜日

HCAPは広域抗生剤で治療すべきか?

肺炎には市中肺炎(Community-Acquired Pneumonia: CAP)と
医療, 介護 関連肺炎(Health-care-associated Pneumonia: HCAP)と
院内肺炎(Hospital-Acquired Pneumonia: HAP)がある.

また他には人工呼吸器関連肺炎(VAP)や, さらに言えば誤嚥性肺炎(Aspiration pneumonia, pneumonitis: AP)も別に考えるべきだと思うけども、ここでは触れない.

元々、2000年ごろにはCAPとHAPのみであり,
HAPでは耐性菌の頻度が増加するため, 広域抗生剤で治療しましょうと言われてきた。

しかしながら, HAPではないものの, MRSAや緑膿菌などの耐性菌が増加する因子として、医療, 介護の暴露歴が指摘され、2005年にHCAPが定義された。

HCAPの定義は以下のとおり
2005 ATS/IDSAガイドラインによるHCAPの定義
 48時間〜90日以内の入院歴
 長期施設入所者
 30日以内の透析クリニック通院歴
 30日以内の経静脈投与治療通院歴(抗生剤や化学療法)
 30日以内の外傷治療通院歴
 上記のいずれかを満たす患者の肺炎をHCAPと定義した. (Respiratory Medicine (2012) 106, 1606-1612)

各肺炎の原因菌の頻度
日本国内における2005-2007年に入院したCAP, HCAP 371例の原因菌
Microbes
HCAP(141)
CAP(230)
GNR
24.1%
13.0%
 Klebsiella spp(ESBL)
7.1%(0)
1.7%(0)
 Pseudomonas spp
5.7%
1.7%
 E coli(ESBL)
3.5%(0.7%)
0.4%(0)
 Haemophilus influenzae
2.8%
7.4%
 Proteus mirabilis
2.8%
0.4%
 Acinetobacter spp
2.1%
0
 S maltophilia
0
0
 他のGNR
2.8%
1.3%
Microbes
HCAP(141)
CAP(230)
GPC
31.2%
31.3%
 S pneumoniae
13.5%
19.1%
 S aureus(MRSA)
9.9%(3.5%)
6.1%(0.9%)
 Strep
7.1%
5.2%
 他のGPC
2.8%
1.3%
Atypical
0.7%
7.0%
 C pneumoniae
0.7%
5.7%
 M pneumoniae
0
0.9%
 L pneumophila
0
0.4%
Nocardia spp
0.7%
0
検出無し
45.4%
52.6%
(Chest 2009;135:633-40)

Meta-analysisより (Clinical Infectious Diseases 2014;58(3):330–9)

さて, 本題であるが,
2005年のATS/IDSAガイドラインではHCAPでは緑膿菌やMRSAをカバーする抗生剤を用いるべきであると推奨している.
実際個人的にはそんなことはせず、まずCAPカバーの抗生剤や誤嚥性肺炎としてABPC/SBTを用いることが多く, そしてそれで苦労した覚えもない.

その辺を評価したStudyがいくつかあるので紹介する

高齢の施設入所者の肺炎 334例のRetrospective study.
(J Am Geriatr Soc 57:1030–1035, 2009.)
 2003年のCAPガイドラインに準じた抗生剤選択と, 2005年のHCAPガイドラインに準じた抗生剤選択群に分類し, 予後を比較した.
2003年IDSAガイドライン群: LVFX単独, βラクタム+マクロライド
・2005年ATS/IDSA群: 第4世代セフェム, カルバペネム, 緑膿菌カバーのFQ, 緑膿菌カバーのペニシリン系を使用
・上記2群に分類し, 予後を比較した.
・77%が2003年IDSAガイドラインで治療.
両群で治療失敗リスク, 死亡リスクは有意差ない結果.

HCAP 100例のRetrospective study
(Respiratory Medicine (2012) 106, 1606-1612)
ガイドラインに沿った抗生剤治療群(43)とそれ以外の抗生剤治療群(57)でアウトカムを比較.
・患者群のPSIは 124と高く, 敗血症を満たすのは55%,
・薬剤耐性菌は11%で検出.
広域抗生剤群とそれ以外では臨床的安定化までの時間, 抗生剤変更, 在院日数, 死亡リスクに有意差無し.

耐性菌による感染症のリスク因子は,
HCAPの定義を3つ以上の満たす場合と創傷治療で外来通院をしている場合

HCAP 228例のRetrospective study.
(Ann Pharmacother. 2013 Jan;47(1):9-19.)
緑膿菌カバーしたのが106例, 通常のCAPでの抗生剤を使用したのが122例.
・臨床的改善は両者で有意差はなし.
・CAPでの抗生剤で治療した群では, より経静脈投与が短期間(4.39 vs 7.75日)であり, 入院期間も短い結果(6.36 vs 8.58日)であった.

2013年でのMeta-analysis
HCAPの治療において, ガイドラインに沿った抗生剤使用(広域)かそれ以外で比較したMeta-analysis(6 trials) (Lung. 2013 Jun;191(3):229-37.)
広域抗生剤の使用は死亡リスクが上昇(OR 1.80[1.26-2.7])
・在院日数や臨床的安定も両者で有意差はない.
・広域を使用する方が状態が悪い, 重症例ということを差し引いてもHCAPの初期の治療として広域抗生剤(MRSAや緑膿菌カバー)を選択する利点は認められない.

2013年以降のStudy
中国における125例のHCAP症例のRetrospective study.
(Chin Med J 2014;127 (10): 1814-1819 )
そのうち 70例が広域抗生剤で治療を開始され, 55例が市中肺炎で推奨される抗生剤を使用.
・広域抗生剤使用群の方がより治療成功率は良好(70% vs 51%)
・抗生剤の変更頻度も低くて済むが, 在院日数や院内死亡リスクは有意差無し.

HCAP 85097例のうち, 37.5%で広域抗生剤が使用(MRSA もしくは 緑膿菌カバー) 
(J Antimicrob Chemother. 2015 May;70(5):1573-9.)
広域抗生剤使用群はより重症肺炎, 基礎疾患が重度の患者.
・多変量解析において, Empiricalな広域抗生剤使用は死亡リスク改善効果は認められない結果.

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つらつらと書いてきましたが
この辺はほとんどが後ろ向きStudy. 
当然, 広域抗生剤を使用する方が重症であることが予測されますが, それを差し引いても初めから広域抗生剤で開始する意義は乏しい.

自分のやり方は,
1)最初はCAPや誤嚥性肺炎に準じた抗生剤選択: CTRXやABPC/SBT
 当然最初にグラム染色もチェックしておく.
2)治療開始後(抗生剤投与して半日後。朝投与なら夕方、夕投与なら翌朝)にグラム染色フォローし, ブドウ球菌様のGPCや緑膿菌様のGNRが生き残っていないかをチェック.
 >>生き残っていれば, その後の臨床経過を考慮しつつ, 広域への変更を考慮
 >>生き残っていなければそのまま抗生剤を継続. 培養結果を待つ.

 このようなマネージメントでまず問題はありません。

 最初から広域抗生剤を使用する場合は
a) 入院患者の病状をフォローする気がない。
b) いろいろな事情により入院患者をフォローできない。
c) 外すと翌日死ぬかもしれない 場合に限ります.

cはたまにやります。
bは連休前, 連休中とか...(それでもやりませんけども)
aをやってしまう場合は医師を辞めどきですね