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2017年2月21日火曜日

Af患者で外傷性脳挫傷を発症した場合の抗凝固療法

Afによる血栓症で脳梗塞となった患者さん.
脳梗塞は左右MCA領域に Shower emboliのような感じで広範囲でもない。

入院後安定してきたし、さあ抗凝固療法を開始しよう! と思った矢先、
転倒、頭部打撲で脳挫傷を併発してしまいました....

・・・・・・という場合に抗凝固をどうするか?(症例は架空です)
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米国における高齢者の評価では, Afで抗凝固使用中に外傷性脳挫傷や股関節頸部骨折, 体幹の外傷を受傷した場合, その後の抗凝固薬の使用頻度は以下のとおり

・その後の抗凝固薬の再開率は外傷性脳挫傷では低い(OR 0.41[0.36-0.46],再開率 41%).
 頸部骨折ではほぼ全例で抗凝固薬を再開している(OR  0.93[0.87-1.00])
 体幹の外傷では OR0.69[0.60-0.80], 再開率 69%程度.
・頸部骨折や外傷では受傷後1−2ヶ月で再開することが多い.
・脳挫傷では1−6ヶ月かけて再開していっている.
(J Clin Pharmacol. 2015 Jan;55(1):25-32.)

抗凝固薬を使用している≥65歳の患者で外傷性脳挫傷で入院した10782例の解析(後ろ向き)
 退院後〜抗凝固薬の再開時期と合併症を評価
 患者の平均年齢は81.3±7.3歳. 82%が心房細動あり.
外傷性脳挫傷 退院後からの期間とワーファリン開始率.
・1ヶ月で26%が再開, 1年で47%が再開している.

ワーファリンの再開の有無別の血栓症リスク, 出血のリスク
血栓症のリスクはワーファリン使用群で低下する.
出血性イベントは使用群で増加するが, 脳出血リスクは増加しない結果.
(JAMA Intern Med 2014;174:1244-1251)

オランダのNationwide databaseにおいて, 1998-2016年に, Af患者でワーファリンを使用中の患者で頭蓋内出血, 外傷性脳出血をきたした群を評価.
(Outcomes Associated With Resuming Warfarin Treatment After Hemorrhagic Stroke or Traumatic Intracranial Hemorrhage in Patients With Atrial Fibrillation. JAMA Intern Med)
・脳出血, くも膜下出血, 硬膜外血腫, 硬膜外血腫を含む
・ワーファリン再開の有無とその後の出血, 血栓症リスクを評価.

・Af患者で頭蓋内出血をきたした症例が6749例. 
 1372例が入院中に死亡, ワーファリン使用なしが2381例.
 436例が退院後14日間以内に死亡.
 残りの2415例を評価(非外傷性頭蓋内出血 1325, 外傷性 1090)
・期間中にワーファリンを再開されたのが141例.

ワーファリン再開群と非再開群におけるアウトカム


・ワーファリン再開群方が塞栓症リスクは低下する
・頭蓋内出血再発リスクは同等か, 外傷性脳出血の場合はむしろ低い
・全死亡リスクも低下
 (予後が良いから再開したという可能性もある)

頭蓋内出血ではワーファリン再開による再出血リスクは上昇する可能性もあり, 注意すべきと言えるが, 外傷性頭蓋内出血では再出血リスクとはならない可能性.

ということで, ワーファリン使用中の外傷性頭蓋内出血では状態に応じて 1−3ヶ月で再開してゆくのが良い, ということになるか.

もっと早期に再開したらどうなるのかは不明.
これと似たような問題として, 外傷性脳挫傷患者に対する血栓症予防をどうするか、どのタイミングで開始するかという問題がある

外傷性脳挫傷患者に対する血栓症(VTE)予防
外傷性脳挫傷患者において, 頭蓋内病変の増悪に関わるリスク因子を解析した後ろ向きStudy (J Trauma. 2010;68: 886 – 894) 
・外傷性脳挫傷で入院した340例の解析
・患者は初回CTフォローにおいて, 所見が安定していた248例と所見が増悪していた92例の2群に分けて評価.
・血腫増大に関連する因子は,
初回安定群における血腫増大リスク
OR
VTE予防
0.48[0.18-1.29]
55歳
1.74[0.56-5.46]
初回増悪群における血腫増大リスク
OR
VTE予防
13.1[1.65-103.37]
硬膜外, 硬膜下血腫
5.15[1.21-21.89]
GCS 3-8
4.64[1.12-19.22]
BMI25
4.32[1.19-15.70]
・初回のCTフォローで血腫が増大している群ではVTE予防が血腫増大リスクとなる.
・初回のCTフォローで血腫が安定している群ではVTE予防は血腫増大のリスクにはならない結果.

外傷性脳挫傷 480例を後ろ向きに評価.
・患者は初期のCTフォローで所見が安定している患者群
・VTE予防, 予防の開始時期(<72h, ≥72h), 予防の継続/中断の影響を評価した.
VTE予防の有無, 開始期間で特にVTE予防効果に有意差なし
VTE予防の中断は有意なリスク因子となる結果

頭蓋内病変の増悪リスクは
・初期のCTで安定している患者群だが, 晩期でCT所見増悪したのが9.79%
・VTE予防の有無, 開始期間は増悪には関連しない結果であった.

これらより, 外傷性脳挫傷において, 初期のCTフォローで血腫増大がない症例や,
頭蓋骨切除術やICPモニタリングが必要のない低リスク群では, 早期のVTE予防目的の抗凝固療法を行っても脳出血の増大リスクにはならない可能性がある.

DEEP 1 trial: 低リスクの外傷性脳挫傷患者群を対象としたDB−RCT.
(J Trauma Acute Care Surg. 2012;73: 1434-1441)
患者は低リスク群*の脳挫傷で, 24時間後の頭部CTで増悪がない症例
・Enoaparin 30mg bidを24−96時間継続 vs プラセボ群に割り付け
 割り付け後 24時間後に再度CTを評価し, 血腫の増大を比較(受傷後 48時間での評価) 
 増大あればその時点で終了.
・また, 96時間後のVTE合併リスクを比較した.

*低リスク群は以下を満たす
 頭蓋骨切除術, ICPモニターの必要がない症例
 硬膜下血腫 ≤8mm, 硬膜外血腫 ≤8mm
 挫傷, 脳室内血腫 ≤2cm, 脳葉内に多発性の挫傷(-)
 CT血管造影で異常を認める くも膜下出血がない.

外傷性脳挫傷683例中, 低リスク群は62例(<10%)のみ.
62例を両群に割り付け, アウトカムを比較.
割り付け後 24時間後のCT所見の増悪頻度は
 Enoxaparin群で5.9%[0.7-19.7], Placebo群で3.6%[0.1-18.3], RD 2.3%[-14.4~16.5]と有意差なし
・臨床的な症状の増悪は両群で認められず.
・VTEはPlacebo群でDVTが1例のみ認められた.

外傷性脳挫傷患者におけるVTE予防の開始時期別で比較したMeta-analysis
・早期開始群(<72h) vs 晩期開始群(≥72h)を比較.
・Retrospective cohortを含む.
・VTE発症率は 43/713(6.0%) vs 106/911(11.6%), RR 0.52[0.37-0.73]と有意に早期開始群で低い結果.
・頭蓋内出血の増悪リスクは RR 0.64[0.35-1.14]と有意差なし.
(J Neurotrauma. 2013 Apr 1;30(7):503-11.)

これら結果より,
低リスク群の脳挫傷患者であれば早期にVTE予防を行っても, 脳出血増悪リスクはないと考えられる. ただし, VTEの予防効果に有意差があるかどうかは疑問であり, 必須とも言い切れない.
それ以外のVTEリスク因子を評価し, VTE高リスク群であれば, 以下のようなフローチャートで抗凝固薬投与を考慮するのもありであろう.

脳挫傷患者でVTE高リスク群におけるVTE予防の適応
(Clinical Neurology and Neurosurgery 123 (2014) 109–116 )


さて、冒頭の症例において、ワーファリンを再開してよいかどうか、再開するタイミングをどうするか.
 脳挫傷患者におけるVTE予防のタイミングと、Af患者の脳挫傷症例における血栓症予防の抗凝固療法の再開タイミングとを混合して考えるわけにはいかないかもしれないが, 低リスクの脳挫傷ならば早期にワーファリン再開も可能かもしれない.