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2023年1月19日木曜日

本の感想: 臨床推論の落とし穴 ミミッカーを探せ!

 献本御礼


臨床推論の落とし穴 ミミッカーを探せ!


総合診療業界の西の雄のお一人である長野広之先生の執筆された本です.

「疾患のミミッカー」という定義には定まったものはなく, 人によりその言葉に持つ印象は異なるでしょう. この本では一般的な疾患を疑う/診断する時に, その疾患に表現型が近い疾患群をミミッカーと定義しています.

つまるところ, ミミッカー =「鑑別疾患の上位5つ」, というような印象でした.

その鑑別を押さえつつ, 診断を間違えないように注意する方策が書かれている. 

そんな内容の本になります.



対象は初期研修近辺かと思います.


個人的にはミミッカーと聞くと,

・正直鑑別に万策突きて, ミミックの可能性がわかっていながら飛び込まねばならないギリギリな感じ.

・それなりに気をつけてても痛い目にあった失敗症例

・想定外に視野のそとからぶん殴られたような症例


をイメージしているので、ミミッカーと呼ぶのには違和感はありました.

ただ, コモンな疾患のコモンな鑑別疾患を扱う本, と考えればよい勉強材料になるのは間違えないので, 初期研修や医学生, 初学者にはお勧めします.

2023年1月9日月曜日

症例: 寝ている時に生じる呼吸苦と肺水腫

ある日の当直で: 近隣の病院より 「中年男性の原因不明の間質性肺炎で診てください」との連絡. 

急性発症の呼吸苦, 低酸素にCTで両側のすりガラス陰影あり, COVID-19は陰性であるとこと.


画像はこのような感じ(CTは論文より;)

(Respiratory Medicine Case Reports 31 (2020) 101153)

・心拡大は認めず, 両側の小葉中心性のGGO分布.
・胸水は認めず.

肺水腫を疑ったが, 心臓の壁運動は問題なし. IVCの拡張も認めなかった.


改めて病歴を聞くと:

・本人は高度肥満: BMI ≥30
・OSASの既往あり、未治療
・高血圧症あり、治療中
・呼吸苦は今までも同じような感じが数回. いずれも寝ている時.
 夜間や早朝、昼寝時など. 起きている時に生じたことはない.
 安静にして数時間休むと改善していた。

とのことであった.


さて, この肺水腫の原因, なんだろうか?



















診断: OSASに伴うNegative Pressure Pulmonary Edema

Negative Pressure Pulmonary Edema(NPPE)またはPostobstructive Pulmonary Edema(POPE)と呼ばれる.
(J Intern Med Taiwan 2015; 26: 63-68)(Can J Anaesth 1990;37:210-8
)(Chest 1988;94:1090-2)

・非心臓原性の肺水腫であり, 過度な胸腔内圧の陰圧により生じる.
・機序には2種類あり,

 Type Iは努力吸気による陰圧形成により生じ,
 
Type IIは慢性経過の気道閉塞の開通後に生じる

・Type Iの例は, 溢頸, 窒息, 誤嚥, 溺水, 気道狭窄, 抜管後の気道狭窄, OSASなど. 
 努力吸気により陰圧を生じる.
・Type IIの例は巨大な扁桃線の切除後など.
 
 そもそもが陽圧(PEEP)となっている状況で, 閉塞が解除され陰圧化することで生じる



最も多い原因は気管挿管患者の管理や, 抜管後の喉頭攣縮に伴うものであり, ICU症例を管理する医師は知っておく必要がある病態.
・気管チューブの狭窄や閉塞
・小児ではクループや喉頭蓋炎
・他は上気道の腫瘍や甲状腺腫, 気道異物
・OSAS, 窒息, 溺水, 声帯麻痺など.

通常の胸腔内圧は吸気時に-2~-8cmH2O程度となる
・健常人では-140cmH2Oまで下げることが可能.
・気道閉塞にて過度な陰圧となると, 肺毛細血管の血流の増加, 間質液の増加を生じ, 肺水腫となる.

 さらに低酸素は肺血管抵抗を増加させ, 右心の拡大を生じ, 左心を圧排する. 
 またストレスによる血圧の上昇は心拍出を阻害する.


診断は病歴が重要.
肺内が過陰圧となったエピソードの後に生じる肺水腫.
・誤嚥性肺炎や心原性の肺水腫, アナフィラキシーが鑑別として重要.
・心原性の場合はBNPの上昇やTropの上昇, 心エコーが鑑別に有用


治療は酸素投与, 必要に応じて陽圧換気(CPAP)
・またフロセミドも使用されることが多い
・肺水腫は3-12時間程度(論文によっては6-24時間と記載)で改善するが, 
一部では48時間程度まで持続する例も報告されている.


2023年1月5日木曜日

膿胸, 肺炎随伴性胸水に対するNaHCO3の胸腔内投与

膿胸や肺炎随伴性胸水ではしばしば線溶作用のある薬剤(ウロキナーゼ)の胸腔内投与が行われる.

外科治療の必要性やドレナージ治療の成功率の改善が期待できる.


しかしながら, 現状ウロキナーゼが品薄であり, 供給が停止している.


そんななか, NaHCO3(重炭酸ナトリウム: メイロン®)の投与が有用かも?という報告.



NaHCO3は抗血栓作用や抗菌作用を有している

(International Journal of General Medicine 2022:15 8705–8713 )

・
Caイオンをキレートし, フィブリノーゲンからフィブリンへの変化を抑制.

・
細菌のバイオフィルム形成, 特にブドウ球菌などのグラム陽性菌の付着力を低下させる作用も期待できる.

・NaHCO3イオンは細菌の膜透過性を変化させ, 細菌自体の構造を変化させる可能性が示唆されている.


35例の肺炎随伴性胸水, 膿胸患者を対象としたRCT

(European Respiratory Journal 2017 50: PA3750; DOI: 10.1183/1393003.congress-2017.PA3750)

・膿性胸水, pH<7.20, 培養/グラム染色陽性例を導入.

・両群で胸腔鏡治療を行い, 且つ

 
8.4% NaHCO3 200mLで胸腔内洗浄を行い, 以後200mL/日を胸腔内投与群と

 
生理食塩水 500mLで胸腔内洗浄群に割り付け, 比較.


アウトカム

・NaHCO3群では88%が完全治癒, 12%が部分治癒

 
対象群では70%, 30%と有意にNaHCO3群で良好の結果.

・在院期間は2.9±1.1日 vs 5.1±1.3日とNaHCO3群で短縮された.


感染性の胸水症例40例を対象とした前向きCohort.

(International Journal of General Medicine 2022:15 8705–8713)

・画像上胸水貯留を認め, 膿性胸水, pH<7.20, 胸水培養陽性のいずれかを満たす症例が対象.

・ウロキナーゼ胸腔内投与による治療群とNaHCO3投与による治療群でアウトカムを比較した.

・ウロキナーゼは1回 10000UI/50mL


 NaHCO3は50 mEq/50mLを使用.


 胸腔穿刺後, トロッカーより薬剤を胸腔内に投与した.

・胸水穿刺は残った胸水を排液するために繰り返された.


・アウトカムは良好な治療成績であり,
 

 十分な胸水排出, 臨床症状の改善, 全身感染の抑制, 画像上の改善で定義


母集団

・Group AはNaHCO3群, Bはウロキナーゼ群


画像所見/検査の比較

・多くが胸腔の半分異常を占める
胸水貯留

・膿瘍は20%

・Gram陽性菌はおよそ半数程度


アウトカム

・抗菌薬投与期間や発熱持続期間, 
治療成功率は両者で有意差を認めなかった.

・複数回の胸腔穿刺の必要性も両者で差は認めない結果.


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まだまだエビデンスは弱く, 規模の大きいRCTが欲しいところではあるが,

現状のウロキ供給停止下では一つの選択肢として押さえておくと良い