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2020年1月30日木曜日

特発性気胸の治療: 保存的 vs 侵襲的治療

N Engl J Med 2020;382:405-15. 
PSP: 14-50歳の初回, 片側性, 中等度~重症の特発性気胸を対象としたopen-label 非劣勢RCT.
・中等度~重度の気胸はCollins法を用いた虚脱率≧32%で定義
 
(画像参照. A+B+C>6)
(https://image.slidesharecdn.com/psp-talk-160218030623/95/primary-spontaneous-pneumothorax-study-5-638.jpg?cb=1455764981)

患者は侵襲的治療群と保存的治療群に割り付け
両群で鎮痛薬の使用とSpO2>92%を維持するように酸素投与を施行
侵襲的治療群では,12Fのチューブを用いて水封式のドレナージを施行.
 
1時間後にXPを評価し, 肺が拡張し, リークが消失していればチューブを閉鎖
 
閉鎖4時間後に再度XPを評価し, 気胸再発がなければ抜去し, 帰宅
 上記経過以外では入院とし, さらに治療を継続する
・保存的治療群では, 最低4時間経過観察, その後XPをフォロー
 
その後 酸素投与が不要で, 歩行に問題がなければ注意書きを持たせて帰宅とする.
 
以下の場合は侵襲的治療を行う;
 
 適切な鎮痛薬を使用しても, 臨床的に有意な症状を認める(胸痛や呼吸苦, 体動が困難)
 
 患者がこれ以上の保存的治療を希望しない
 
 状態が不安定(sBP<90, HR/sBP1, RR>30, SpO2<90%)
  フォローのXPで気胸が増悪+症状, 所見が不安定

フォロー, アウトカム
患者は24h-72hの間に再評価され, さらに2wk, 4wk, 8wkにフォロー
 
フォローはXP, 症状を評価する.
・6-12Mの間に気胸の再発を評価
アウトカムは8wk以内の気胸の改善

母集団

アウトカム

保存的治療群の15.4%で侵襲的治療を必要とした
 
襲的治療群では6.5%で侵襲的治療が行われなかった

・8wkにおける治癒率は98.5% vs 94.4%(保存的), RD -4.1%[-8.6~0.5] 非劣勢
保存的治療群のほうが長期間のドレナージや合併症リスクは有意に低い
・12か月の気胸再発も保存的治療群でやや低い
・入院期間や仕事を休む期間も短く済む

合併症
・合併症は胸痛や気腫, 咳嗽などが多い

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中等度以上の気胸でも保存的加療で治療可能なことは多く
その場合は入院期間の短縮や合併症の減少などの恩恵も大きい

毎年この時期は大学受験やセンター試験を控えている気胸患者も少なくない
一つの選択として押さえておくとよいかもしれない


2020年1月29日水曜日

拡張期単独の高血圧の扱い

拡張期血圧のみ高値の病態をIsolated Diastolic Hypertensionと呼ぶ
・JNC7 guidelineでは高血圧の定義が>140/90mmHgであったがACC/AHA 2017では>130/80mmHgとなったためIDHのカットオフも同様に90から80mmHgに低下.
・この90→80へのカットオフの低下は主にExpert opinionにより成されている
 また, IDHは若年に多く, 将来sBPが上昇する因子になることが示唆されているが, 心血管アウトカムを評価した臨床研究は少ないのが現状.

(JAMA. 2020;323(4):329-338. doi:10.1001/jama.2019.21402 )
NHANES, ARIC study, CLUE II studyにおいてJNC7ACC/AHA2017におけるIDHの頻度と,アウトカムへの寄与を評価.
・NHANES: US国民を対象としたSurvey
 ARIC study: US4地域におけるアテローム性動脈硬化のリスクを検討した前向き観察研究
 CLUE study: Wasington, Maryland, Mobileにおける悪性腫瘍と心疾患のCohort研究

IDHの頻度: JNC7の定義であ1%程度であるが, ACC/AHAでは6%と増加
・特に20-50歳台での頻度が高い
・降圧薬が適応となる症例は0.6%上昇
 (ACC/AHAでは, dBP 80-89の場合は10年間のCVD risk≥10%で適応, dBP≥90で適応)

ARIC studyにおけるIDH症例と血圧正常群の心血管イベント
・両群で有意差なし

Model 1: 年齢, 性別, 人種, 教育水準で調節したモデル
 Model 2: 上記+喫煙, 飲酒, HDL, LDL, TG, BMI, 降圧薬, DM, 予測GFRで調節したモデル
 Model 3: 上記+基礎のsBPで調節したモデル
・IDHは, (少なくともACC/AHA基準におけるIDHは)心血管リスクにはなりにくいと言える

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IDHは外来でしばしば診療しますし, 検診で引っかかって受診ということも多い.
確かに若い人が多い印象.

国内の高血圧ガイドラインでは, 高血圧は≥140/90mmHgのままですが、
IDHをどう扱うか、というのは国際的にも国内でも議論が必要そうな感じがします。

2020年1月27日月曜日

中年女性: 繰り返す嘔吐

中年の女性. 寝ているところ急に悪心嘔吐が出現.
頻回に嘔吐し, 来院時には胃液をえづくように吐き出している.
疲弊が強く, ぐったり.

バイタル異常なし.
血液検査も特に異常はない.

1年前に同様のエピソードで救急搬送されており, その際 腹部CT, 上部内視鏡など様々検査されるも異常は認めなかった, という病歴がある.

若干落ち着いた状況である疾患を疑い, 詳しく話を聞くと, 以下の情報が得られた.

・年数回 心窩部のむかつき, 嘔吐がある. 大体数時間で改善する.
・症状は5-6年前から出現している.
・1年前はひどく, 入院した. 3日後にはスッキリして帰った. その後の検査では問題なし.
 今回も同様.
・普段は症状なし. 元気. 食事摂取もできている. 体重変化もない
・症状は大体寝ているときに生じる.
・頭痛を伴うことも多い.
・依然片頭痛と診断されたことがある.

今回のエピソードは入院3日目には改善し, 同日帰宅となった.

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成人発症の周期性嘔吐症


Episodicに腹部症状(腹痛や嘔吐)を繰り返す患者では,  急性間欠性ポルフィリン症や家族性地中海熱などが思い浮かぶかもしれないが,
検査でも異常を認めず, 特発性の病態としてAbdominal migraine(AM), Cyclic Vomiting Syndrome(CVS)を押さえておきたい.

周期性嘔吐症: Cyclic Vomiting Syndrome
(Current Gastroenterology Reports (2018) 20:46)(Curr Neurol Neurosci Rep (2017) 17:21)
・繰り返す強い嘔気嘔吐で, 発作間欠期には無症状また検査にて他の疾患が除外される場合に考慮する.
小児で多い疾患と考えられてきたが, 成人発症も認められる
 成人におけるCVSの頻度はUSA2%, UK1%, カナダで0.7%
平均発症年齢は小児で5(女性が86%), 成人で37(女性57%). 
・CVSの原因は不明. 遺伝的要因(ミトコンドリアDNA変異やCannnabinoid受容体, μ-opioid受容体遺伝子の異常など.), 自律神経障害などが推測されているが, CVSと片頭痛にも多くの共通点が指摘されている.
 > CVS患者の27-85%に片頭痛の家族歴がある
  周期性の症状, 片頭痛に対する薬剤が効果的
  悪心嘔吐, 光過敏, 聴覚過敏を伴う
 睡眠やストレスがトリガーとなる点など
 >> CVSと片頭痛は同様の病態生理が関係している可能性が示唆されている

臨床経過, 症状
・発作は悪心, 蒼白から始まり, その後繰り返す嘔吐が出現する.
 嘔吐は強く, 絶え間ない
発作の75%が深夜~早朝にかけて生じる.
(Exp Brain Res. 2014 Aug;232(8):2541-7.)
病期は4つに分類される
 prodromal phase: 悪心, 発汗, イライラ, 腹痛, 倦怠感, 不眠, 発熱などが生じる. 数分~数時間持続
 Emetic phase: 繰り返す嘔吐, 紅潮, 発汗, 下痢, ふらつき, 微熱, 低体温
 Recovery phase: 改善する時期. 早く, 患者はすぐに改善. 食事も可能に
 Inter-episodic, asymptomatic phase: 発作間欠期. 無症状
・腹痛は小児例で67-80%, 成人例で58-71%で伴う
 発作頻度は1-36ヶ月に1(平均8.2±7.6/), 
 持続時間は2-3日間(範囲2-45日間)

(Gastroenterol Nurs. 2015 Nov-Dec;38(6):469-76.)

CVSのトリガー
・トリガーは76%で認められる
・陰性感情だけではなく, 結婚式や誕生日, 休暇などのイベントも誘発されることがある.
女性では月経が最も多いトリガー
・他は夜更かしや感染症, 食事内容(グルタミン酸Na[旨味], 食品着色料, 変動するカフェイン摂取量), 長期間の空腹が誘引となりえる

CVSの嘔吐
・CVSの嘔吐は矢継ぎ早に繰り返し, 強制的な嘔吐となる.
 胆汁や血液を嘔吐することもある
 1時間あたり6回程度ピークを迎える
・嘔吐は胃内容物が空でも生じ, 非常に辛い症状となる.
 唯一解放されるのが睡眠時
・症状がつらいため, 患者は疲弊し, コミュニケーションや移動が困難となることも多い.
・Recovery phaseは基本的に早く, すぐに改善し, 食事摂取が可能に
 ただし成人例では数日かかる例もある

CVSの診断基準: Rome IV基準, NASPGHANがある
(Current Gastroenterology Reports (2018) 20:46)

AMCVS診断における重要な鑑別疾患
(Curr Neurol Neurosci Rep (2017) 17:21)
・繰り返す腹痛
 消化管疾患(膵炎, 小腸閉塞, 偽閉塞)
 腎疾患(腎後性腎不全, UTI)
 神経疾患(頭蓋内圧亢進, 血腫, familial dysautonomia, 静脈洞血栓)
 内分泌(糖尿病, 副腎不全)
 代謝性(methylmalonic acidemia, 急性間欠性ポルフィリア, ornithine transcarbamylase欠乏)

繰り返す嘔吐
 消化管疾患(消化性潰瘍, celiac, 胆嚢炎, GERD, 腸閉塞, IBD)
 交感神経てんかん(Panayiotopoulos syndrome, Gastaut-type epilepsy)
 Cannabinoid-hyperemesis syndrome(カンナビス中毒)
 先天性代謝疾患(fatty acid oxidation defects, urea cycle disorders, organic acidopathies)
 ミトコンドリア疾患
 頭蓋内病変

CVSの対応フローチャート
(Medicine 2019;98:51(e18365).)

薬剤一覧

発作中断目的の薬剤

予防薬剤
(Current Gastroenterology Reports (2018) 20:46)

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繰り返す発作的な嘔吐ではCyclic vomitting syndromeを考慮.
小児で多いと言われていたが, 近年成人例の報告も増加. おそらく見落とされていた可能性が高い.
患者は発作時は疲弊し, 病歴聴取もままならず, 数日で改善する経過のため, 精神的要因とされていることも多そうな印象がある.

同様の腹部症状でAbdominal migraineがあるが, これは腹痛が前面に立つ.
両者の診断基準を参考までに載せる
(Curr Neurol Neurosci Rep (2017) 17:21)

Abdominal migraineについてはまた別に書きます.

2020年1月24日金曜日

モルフィア 限局性強皮症

高齢女性. 3-4年前より徐々に進行する左下腿の色素沈着があり.
1年前より右下腿にも同様の病変が出現したために来院.

左下腿には5cm程度の褐色の色素沈着, またその部位周囲の皮下組織は硬く, 結節のような病変が認められる. 硬化部は10cm程度に及ぶ.

右にも同様の病変が2か所. それぞれ2-3cm程度あり.

病変部位はごく軽度熱感があり. 圧痛はないが掻痒感はあるとのこと.
他症状, 所見に有意なものはなし


病変の深さや性状を評価するためにMRIを評価したところ,
皮下軟部組織の脂肪組織の萎縮, 同部位の中隔の肥厚,
 その部位に隣接した筋膜・筋組織のSTIR高信号が認められた.

血液検査では炎症反応や白血球数・分画, CPKを含めて特に異常は認めない.

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緩徐進行性の皮下組織の硬化, 色素沈着, 周囲の筋膜・筋の炎症所見から, 限局性強皮症(Morphea: モルフィア)を考えた.

どのような病気なのだろうか?

Morphea
(Clinics in Dermatology (2018) 36, 475–486 )
限局的な皮膚, 皮下軟部組織の自己免疫性の炎症や硬化を伴う病態
・有病率は0.4-2.7/10万人.
病因は未だ解明されておらず, 遺伝的因子, 免疫, 外傷, 医原性などが関連
Morpheaのタイプには, Linear, Generalized, Circumscribed, Panscleroticなどがあり
 小児で最も多いタイプがLinear. 
 成人ではGeneralized, Circumscribedタイプが主となる.

臨床症状は活動性や病変の部位, 深さで異なる. 
・活動性が高い病変では疼痛や掻痒感を伴う発赤や硬結
・低活動性の病変では皮膚, 皮下組織の硬化, 萎縮が認められる
・頭頸部の病変では眼や口腔, 神経障害が問題となる
・また全身症状を伴うこともあり: 筋骨格系の障害(筋炎・筋膜炎・骨炎)や神経障害, 関節炎を伴うことも

Morpheaでは全身性強皮症で認められる指炎, Raynaud現象, Nail-fold capillaryの変化, Calcinosis cutis, salt and pepper pigmentary alterationは認められない
・抗核抗体は18-68%で陽性となり, Speckledパターンが多い

 特異抗体は陽性にはなりにくい
・RNA polymerase, topoisomerase, centromere抗体は通常陰性
 陽性の場合や上記所見を認める場合はSScを考慮した方が良い
Morpheaの診断の多くは経験的に行われているがMorpheaの経験が豊富な臨床医は非常に少ない点が問題しばしば診断が遅れる

組織生検は他の疾患の除外目的で行われる
・皮膚悪性腫瘍, 他の硬化性疾患: scleromyxedema, nephrogenicd systemic fibrosisなど
 深在性Mopheaでは切開し, 深い部位からの組織を採取することが必要
・筋膜に好酸球が含まれる場合, 好酸球性筋膜炎の合併も考慮すべき

Morpheaの組織所見
活動性病変: しばしば皮下脂肪の隔壁を超える血管周囲や皮膚付属器周囲の炎症細胞浸潤が認められる. 炎症性細胞はリンパ球, 形質細胞, 組織球, 好酸球が多い. 形質細胞は75%で認められる.
非活動性病変: 活動性が低下すると, 表皮の菲薄化と付属器の消失が進行. 硬化は真皮乳頭層と真皮網状層で生じる.
・晩期では線維性組織が増加し, 炎症所見は消失する
深在性のMorpheaでは”bottom-heavy” sclerosis patternとなり, 表在性では”top-heavy“ sclerosis patternとなる

MorpheaMRI所見
・炎症期では, 表皮と皮下脂肪の肥厚所見STIR, 造影T1WIで高信号, 単純T1WIで低信号が認められる
(AJR 2008; 190:32–39)
・皮膚病変に隣接した筋膜や筋組織に線維組織が浸潤し筋・筋膜・骨髄のSTIR高信号, T1WI低信号も伴うことがある

小児, 成人のMorphea 42例のMRI所見
(Radiology. 2011 Sep;260(3):817-24.)
・患者のタイプと年齢, 性別

・MRI所見
・皮下組織中隔の肥厚や筋膜肥厚, 筋炎所見, 滑膜炎, 骨炎など様々な所見が認められる.


Morpheaの鑑別疾患
・病期(早期の炎症が主な時期, 中期の硬化性病変が主な時期, 晩期)と表在・深部優位の病態別に考慮する疾患.
・今症例では深部, 中期あたりであると考えられる.
 この場合は好酸球性筋膜炎やポルフィリアなどが鑑別となり得る.

好酸球性筋膜炎のReveiwより, 抗酸球増多+皮膚変化を呈する疾患の鑑別表
(Clinics in Dermatology (2018) 36, 487–497)
・Morpheaと好酸球性筋膜炎の病態は類似しており, しばしばオーバーラップもある.

Morpheaの治療
治療は活動性かどうか, 病変の深さ, 他の合併疾患の有無で検討する

活動性疾患の治療
中等度~重度のmorphea: 広範囲や深い病変(筋膜炎, 筋炎), 機能障害を伴う症例ではMTXを考慮
 小児例のmorpheaを対象としたRCTでは, MTX 15-20mg/wk 12ヶ月間の投与にて有意な臨床的改善が認められた
 MTX1-2年間継続, または寛解後6-12ヶ月継続し, 減量する
 MTXを増量する期間や効果が認められるまではステロイドの併用を考慮
 PSL 0.5-1.0mg/kg/d3ヶ月間, その後3-4ヶ月で減量する
(Clinics in Dermatology (2018) 36, 475–486)
深部のMorphea 3例においてAbatacept 10mg/kgを使用した報告では, 全例で所見の改善が得られた報告もある(Semin Arthritis Rheum. 2017 Jun;46(6):775-781.)

非活動性morpheaの治療は機能障害や美容的な問題を考慮して治療を決める

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・皮膚メインなため, おそらくは皮膚科を受診することが多いのではないか, と思われる病態. 今回内科外来を受診し診療する機会があったため, まとめました.