80台女性. 意識障害で救急搬送. CO2貯留(116mmHg)を認めNIVを装着し入院となった.
血液ガスの結果からは, Acute on chronicで, 平常時のCO2は70-80mmHgの計算.
喫煙歴はない.
NIVにて翌日の意識は改善. 呼吸様式を確認すると両側のAir入りが悪い. 意識させると深呼吸はできるが, 通常の状態を確認すると低換気状態.
呼気延長はなし. ややビア樽状の胸郭ではある.
頚部〜胸郭, 上肢は筋萎縮あり. 痩せている. 一方で下肢の肉付きは良い. CT検査でも頚部, 上肢, 背部傍脊柱筋は萎縮が目立つが, 下肢の殿部、大腿筋は萎縮認めない.
改めて病歴を聴取すると, 1-2年前より嚥下時の噎せこみや嚥下しにくい感じが出現したと。またふらつきも増え, 転倒も最近は増加.
呼吸苦はたまに訴えることがあった。1年前に他病院の呼吸器内科、循環器内科などで肺の評価, 心臓評価を行なったが, 特に異常は認められず, 症状はよくわからないと言われた.
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ここまで情報を集めるとそろそろ分かってくる人も多いかと思いますが,改めて身体所見を評価. 特に四肢や舌をよくよく観察してみたところ,
筋維束性攣縮を確認.
神経内科コンサルトとし, エコーでの筋維束性攣縮の確認, 筋電図の評価も行われ,
Bulbar ALSと診断された.
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ALS: Amyotrophic lateral sclerosis
(Orphanet Journal of Rare Diseases 2009, 4:3 )(N Engl J Med 2017;377:162-72.)
運動ニューロンの進行性の変性を来す疾患群.
・様々な疾患が含まれており, Classical ALS, Progressive bulbar palsy, Progressive muscular atrophy, Primary lateral sclerosis, Flail arm syndrome, Flail leg syndrome, ALS with multi-system involvement.などある
・現在はClassical ALSをSpinal ALS(四肢麻痺からくるALS),
PBPをBulbar ALS(脳幹症状からのALS)と呼ぶことが一般的.
ALSは進行性の運動神経の変性症.
・一次運動野, 脳幹, 脊髄の運動ニューロンの変性.
・脊髄前角細胞の変性による筋萎縮, Fasciculations
・Lateral sclerosis; 前, 外側皮質脊髄路の運動神経が変性し, Gliosisにより置き換えられる状態を意味している.
ALSの疫学; 孤発性ALSは欧米, 西欧では1.5-2.7/100,000-yの発症率.
・70歳までに発症する率は400-1000人に1名の割合となる.
・男女比は1~1.5 : 1と同等か, やや男性に多い.
・発症年齢は55-65yで多く, 平均64歳. <30yでの発症は5%のみ.
今症例のようなBulbar ALSは女性, 高齢者に多い.
・70歳以上のALS発症例の43%がBulbar症状を認める(30歳未満では15%のみ)
家族性ALSは全体の5-10%
・地中海沿岸の人種に多く, 浸透率も高い.
遺伝形式の殆どが常染色体優性遺伝となる.
・家族性ALSは孤発性と比較して, 発症年齢が10歳程若い(40-50台)
・原因遺伝子は9q34(ALS4, senataxin), 2q33(ALS2, alsin), 15q12-21等.
ALSの臨床所見
ALSの2/3がSpinal ALS.
近位もしくは遠位の四肢筋力低下で発症するパターン.
・症状は非対称性で, 徐々に進行.
・当初, 患者は症状に気づかず, なにかを拍子に気づくこともある(冷水につかる等.)
・片側の上肢の脱力で来ることが多いため, 頸椎症として誤診され易く, しばしば手術までされることもある.
・下肢の脱力例では腓骨神経麻痺との鑑別が重要.
Bulbar ALS; 全体の1/3.
・構音障害から発症する. これも潜在性に進行し, 初期ではアルコール飲酒に際して出現しやすくなる.
・その後嚥下障害を生じる.
・唾液の嚥下が困難となり, 流涎が多量となることが多い. ⇒ ラクナ梗塞との鑑別が大事.
・四肢の脱力はBulbar症状と同時に出現, 進行することが多い.
1-2年以内に出現する例が大半を占める.
・四肢やBulbar症状が軽度な状態で呼吸不全を生じるのが5%程度
夜間の低換気が主で, 早朝の頭痛や日中の傾眠など生じやすい.
身体所見では, 筋萎縮とFasciculationが大事.
・Spasticityは筋緊張の亢進と回内筋, 膝蓋の “Catch”, クローヌスが原因で生じる.
・深部腱反射は左右対称性に減弱することが多い. Hoffman徴候は陽性となることはありえる.
脳神経では, 顔の下半分が障害され易い
・嚥下, 呂律, 舌運動, 顔面筋群の障害による無表情等.
・嚥下反射は保たれることが多いが, 軟口蓋の機能が低下する.
・舌にもFasciculationが認められる.
・他の脳神経は保たれ, 眼球運動は可能なことが多い.
ALSと認知症
・ALSでは前頭葉機能の低下が20-40%で認められる.
・Fronto-temporal dementiaは5%で認められる.
自律神経障害を伴うこともある
・膀胱直腸障害や心臓血管症状
(Muscle Nerve. 2015 May ; 51(5): 676–679.)
ALSと疼痛: 疼痛はほぼ全例で認められる症状.
・どのステージでも生じ, 運動症状に先行することもある.
QOLを著しく低下させるため, 評価, 対応が重要
(Lancet Neurol 2017; 16: 144–57 )
診断は淡路クライテリアとEl Escorial Criteriaを押さえておく
(Arch Neurol 2012;69:1410-1416)
感度
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特異度
|
OR
| |
淡路
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81.1%[72.2-90.0]
|
98.2%[96.7-99.7]
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35.8[15.2-84.7]
|
El Escorial
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62.2%[49.4-75.1]
|
98.2%[96.7-99.7]
|
8.7[2.2-35.6]
|
ALSと鑑別が必要な疾患
・特に頸椎症, 腰仙椎疾患, 腓骨神経麻痺など整形疾患との鑑別が大事
治療に関しては割愛
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この症例はBulbar ALSとしては結構典型的な経過と言える.
しかしながら, 疑わないと, 「COPD疑い」とか「窒息誤嚥」とかで片付けられてしまうかもしれない.
病院総合内科医をやっていると挿管患者でよくわからない低換気, CO2貯留などは確かにあるし, 高齢者の嚥下障害も多いため, 神経内科医ではなくてもこの病態は理解しておいた方が良いと個人的には思っている.
同様にClassical ALSは頸椎症や腰仙椎疾患など整形外科疾患と間違われることもあり, これらを疑う時は頭のどこかにALSを置いておくことが大事.