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2015年11月8日日曜日

髄膜炎と難聴

症例) 頭痛, 発熱で外来を受診した40台男性.
 病歴より無菌性髄膜炎の可能性が高いと判断.
 LPでも細胞数200/µL 単核球優位であり, 無菌性髄膜炎と診断. 対症療法で経過観察.
 徐々に発熱や症状, Labは改善を認めたが, Day 5より突然の片側耳鳴あり. 中等度の感音性難聴と診断.

さて, 髄膜炎と難聴の関係は?
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細菌性髄膜炎では難聴合併は多い.
細菌性髄膜炎と難聴の関係を調べたCase, literature reviewでは
・小児の細菌性髄膜炎では9.6%[7.9-11.3]で難聴を合併する
・原因菌でも頻度は異なり, もっとも多いのは肺炎球菌.
 これは肺炎球菌のPneumolysinという毒素が関連する可能性が示唆されている
原因菌
頻度
H influenzae
11.4%[9.3-13.5]
Meningococcal
7.5%[5.0-10.1]
Pneumococcal
31.8%[20.7-42.8]

・聴覚障害合併のリスク因子は,
 CSFグルコース低値, CSFタンパク高値, CSF-WBC高値
 失調, 重度の神経障害, 痙攣
 髄膜炎菌, 肺炎球菌.
 つまり重度の髄膜炎では高リスクとなる.
(Archives of Disease in Childhood 1992;67:1128-33)

細菌性髄膜炎と合併症を評価した132 study(n=18183)のMeta
・原因菌として最も多いのはHib 35.5%, 肺炎球菌 19.6%, 髄膜炎菌 16.4%
・平均年齢は29mo[13-67], 79%が5yr以下の小児例.
合併症が最も起こりやすいのは肺炎球菌による髄膜炎で, 
 Hibの2.49[1.87-3.31]倍. Hibと髄膜炎菌では有意差無し(0.92[0.66-1.29])
・各合併症と原因菌
退院後合併症
全髄膜炎
Hib
肺炎球菌
髄膜炎菌
1つ以上の合併症
19.9%[12.1-35.2]
14.5%[0.1-27.1%]
34.7%[28.2-45.1]
9.5%[5.1-15.1]
認知障害
2.8%[2.2-10]
1.6%[1.0-13.1]
6.3%[4.1-7.2]
2.9[1.0-7.2]
痙攣
2.0%[1.0-4.1]
2.2%[2.1-3.2]
3.7[3.1-5.1]
0.9[0.1-2.0]
難聴
7.7%[3.1-13.2]
4.6%[3.1-8.2]
11.2[9.1-19.2]
4.6[3.0-7.3]
運動障害
3.1%[1.0-8.1]
3.2%[2.2-8.1]
8.7[5.1-11.0]
1.8[1.0-4.1]
視覚障害
1.2%[1.1-2.3]
0.7%[0.1-1.0]
1.7[1.1-2.1]
2.7[1.1-4.1]
Behavioural problem
3.3%[2.1-6.1]
3.0%[3.0-3.4]
6.8[4.0-10.1]
1.0[0.6-1.1]
Clinical impairments
1.1%[1.0-3.1]
1.7%[1.0-2.0]
5.1[5.0-5.2]
0.4[0.1-0.5]
Multiple impairments
4.4%[2.1-8.2]
3.7%[3.1-8.3]
8.6[6.1-11.2]
2.3[1.1-4.0]
(Lancet Infect Dis 2010;10:317-28)

髄膜炎による聴覚障害のMRI所見
・17例の髄膜炎後の難聴合併症例において, MRI所見を評価.
 そのうち11例は人口内耳移植を施行(21件)
 症例の15/17が肺炎球菌性で, 残り2例は原因不明.
 難聴は両側性が12例, 片側性が5例.
・ガドリニウム造影T1にて内耳に造影効果が認められる症例が87%.
 片側の難聴で患側の造影が認められない場合は,
 聴覚機能予後良好を示唆する.
 この所見は突発性難聴でも認められる
・Axial 3D heavily T2-weighted imageでは, 内耳の水分の分布が評価可能
 通常は均等な分布であるが, 髄膜炎による難聴患者では
 その分布が不均一, もしくは低下/消失する所見が得られる.
(Otol Neurotol 34:845-854, 2013. )

では無菌性髄膜炎ではどうか?
髄膜炎による難聴の報告はその大半が細菌性髄膜炎
547例(細菌性 236例, ウイルス性 304例)の髄膜炎症例の報告では,
・細菌性髄膜炎で生存した110例中, 23%が部分的, 21%が完全な感音性難聴を合併. ウイルス性では難聴の合併は1例もなし.
(Laryngoscope. 1978 May;88(5):739-55.)

エコーウイルス 13による無菌性髄膜炎アウトブレイクの報告では,
・2001年4月-8月の間に無菌性髄膜炎で入院した小児は303例
・経過中に難聴を認めたのは1例のみ.
・後遺症として難聴が残存した症例は認められず.
(Pediatr Infect Dis J, 2002;21:1034–8)

無菌性髄膜炎で難聴を生じ, 残存した症例報告
Behcet病による無菌性髄膜炎の症例
・51歳男性, 頭痛で受診. 来院前に口腔内潰瘍もあり
 LPではごく軽度の細胞数上昇(6/µL, 単核球)のみ.
 入院後発熱, 口腔内アフタ, 陰部潰瘍など認めBDと診断.
 入院第7病日に突然の高度難聴を発症, 再度LPを施行すると,
 細胞数 60/µL(単核球優位)を認めた.
 末梢神経障害としての前庭神経障害と判断された.
(Inter Med 49: 483-486, 2010)

サルコイドーシスによる再発性髄膜炎と難聴を合併した症例
(Harefuah. 2012 May;151(5):270-1, 319.)(Otolaryngol Head Neck Surg. 1991 Sep;105(3):376-81.)
・神経サルコイドーシスで難聴を合併するのは12.2%程度
 神経サルコイドーシスはサルコイドーシス全体の1-5%程度.
(Fortschr Neurol Psychiatr. 1990 Jan;58(1):7-18.)

NSAIDによる無菌性髄膜炎で難聴を合併した症例
(Ear Nose Throat J. 1998 Oct;77(10):820-1, 824-6.)

EBVによるウイルス性髄膜炎で難聴を合併した症例報告
・42歳男性で, 頭痛と肝障害を併発. LPにて無菌性髄膜炎と診断.
 髄液PCRよりEBVが検出された.
 発症20日目に急性の片側性難聴を合併した症例.
(Intern Med 51: 1755-1757, 2012 )

ということで, 無菌性髄膜炎による難聴合併では他の原因を考えるべきなのかもしれない.
特に後遺症として残るならば, 実はサルコイドかもしれないし, 今後他の病変が生じる可能性も注意しつつフォローが必要となる.

となると, このケースは
無菌性髄膜炎+難聴なのか?
無菌性髄膜炎+突発性難聴と考えるべきか?
無菌性髄膜炎+他の重大な疾患なのか?

突発性難聴の原因の1つにウイルス感染がある
・Mumpsウイルスは成人症例の7%で原因となる.
 VZVもRamsay Hunt症候群として原因となりえる(herpes zoster oticus).
・血清学的検査では結果は様々で,
 Mumps, Rubella, VZV, CMV, Influenzaが6割近くで関連している報告や
 EBV, HSV I,II, CMVが3割近くで関連している報告もがある.
 また, 関連性が認められない報告もある.
(Lancet 2010; 375: 1203–11)

となるとウイルス感染で全てが説明つく可能性もある.
無菌性髄膜炎の検査でHSVやCMV、EBVあたりがひっかかれば, 一元的には説明がつく可能性はある.
また、今後の経過で髄膜炎を繰り返す場合や, 他の所見が出て来ればそれではっきりするかもしれない

このような, ウイルス性髄膜炎(であろうと考えられる症例)で難聴を合併する場合は, ひとまずは突発性難聴と考えて, ステロイドを考慮するのもリーズナブルな選択と言える.