ページ

2014年11月20日木曜日

特発性縦隔気腫 Spontaneous Pneumomediastinum

症例: 10代女性 胸痛
来院4時間前に部屋の掃除をしていたところ, 突然前胸部のズキズキする疼痛, 咽頭痛が出現. 痛みは突然発症で, 徐々に増悪. 鋭い痛みで放散は無し. 吸気時、咳嗽時、嚥下時に疼痛は増強する. 体動による変化無し. 冷汗, 動悸, 嘔気無し. 発症時, カーテンに手をかけていた. 外傷歴無し.
安静にて様子を見ていたが, 改善しないため, ERを受診.

喘息の既往無し. 気胸の既往無し. 酒, 喫煙無し. 受動喫煙; 父親が喫煙あり.
内服薬無し. アレルギー無し.

所見:
General; 苦悶様表情
Vital; BP 124/60 HR 72 RR 20 Sat 100%(RA) BT 37.4度
HEENT; 眼瞼結膜蒼白無し. JVH 6cmH2O, 甲状腺触知せず. 右前頚部で皮下気腫(+), 気管支偏移無し.
胸部; 両側肺胞呼吸音. 左右差無し. Hamman’s sign(+). 心音 S1, S2亢進, 減弱なし. Murmur無し
腹部; 平坦, 軟. 圧痛無し.

画像は以下の通り:

----------------------------------
特発性縦隔気腫 Spontaneous Pneumomediastinum
稀な疾患で, 12年間のRetrospective analysisでも28例のみ.
 といっても, 個人的にも年1例程度は経験するため, もっと多いと思われる.

機序は胸腔内圧の上昇などが原因で肺胞が破裂し, 気管支に沿って縦隔内に気腫を形成すると説明されている (臓側胸膜破裂を伴えば気胸となる)

Arch Intern Med 1984;144:1447-53

縦隔気腫の原因 (AJR 1996;166:1041-8)
Cause
疾患
Cause
疾患
肺胞内圧上昇による
肺胞破裂
喘息, 人工呼吸器,
胸部外傷
Valsalva
, 嘔吐
気圧の変化
頭頸部外傷
 手術治療
鼻咽頭の穿孔
顔面骨骨折
Dental procedures
 
頚部手術
感染症
肺胞疾患による
肺胞破裂
感染症, 誤嚥
肺気腫
間質性肺疾患
サルコイドーシス, Silicosis
腹部, 後腹膜外傷
 手術治療
腸管穿孔, 憩室炎
ヘルニア
潰瘍
外傷
直腸, S状結腸手術
気管, 気管支傷害
外傷
医原性(Bronchoscopy)
気管, 気管支腫瘍
食道穿孔
嘔吐
医原性, 外傷(穿通性)
悪性腫瘍

特発性縦隔気腫の症状; 28例のRetrospective analysis Ann Thorac Surg 2008;86:962-6
平均年齢は27(17)yr[3-71]
最も多い症状は胸痛
症状
%
症状
%
胸痛
54%
皮下気腫
32%
呼吸苦
39%
頚部腫脹
14%
咳嗽
32%
気胸
7%
嚥下痛
4%


胸部レントゲンにて縦隔気腫を認めるのは69%
SPMの基礎疾患
基礎疾患
%
喫煙者
29%
喘息患者
14%
特発性肺線維症
7%
COPD
4%
吸入薬使用
0%
SPMの29%が喫煙者. 喘息もRiskとなる.
SPM発症のトリガー
嘔吐, 喘息が多いが, 原因が不明なものも21%あり.
Trigger
%
Trigger
%
嘔吐
36%
窒息
4%
喘息
21%
排便
4%
咳嗽
7%
不明
21%
身体運動
4%
吸入薬使用
0%
Secondary Pneumomediastinumとの違い

SBM
Secondary
p value
男性
57%
68%

年齢 yr
27yr
39yr
<0.05
胸部Xpでの診断
69%
47%
<0.05
CTで皮下気腫
40%
64%
<0.001
気胸合併
14%
56%
<0.001
Chest tube留置
7%
46%
<0.001
胸水併発
0%
12%
<0.001
入院 d
3d
19d
<0.001
死亡率
0%
39%
<0.001
SPMではより若年で多く, 気胸合併例も少ない. 予後も良い.

1990-2012年に発表されたSPM症例の報告27論文より, 600例のSPMを解析
Asian Cardiovascular & Thoracic Annals 2014, Vol. 22(8) 997–1002
 発症年齢の中央値は22.8±4.64歳[17.6-36.8], 男性が73.8%
肺疾患の既往は22%で認められる.
肺疾患



喘息
13.7%
ブラ
0.7%
間質性肺疾患
3.3%
胸腔内腫瘍
0.7%
COPD
2.2%
嚢胞性病変
0.3%
気管支拡張
0.8%
呼吸器感染
0.3%


発症のトリガーは
不明
34%
咳嗽
10%
その他
1.3%
運動
14%
喘息発作
9%
出産
0.8%
薬物濫用
14%
嘔吐
7%
外傷
0.5%
 None specified
7%
呼吸器感染
5%
接触あるスポーツ
0.3%
 コカイン
2%
仕事中
2%
消化管潰瘍
0.3%
 Cannabis
2%
飛行訓練
1.7%


 メタンフェタミン
1%
長く叫ぶ
1.5%



症状、所見の頻度
胸痛
61%
発声困難
4.8%
ストライダー
1.5%
呼吸苦
41%
嚥下痛
3.8%
不安
0.7%
胸部皮下気腫
40.3%
鼻音症
3.3%
腹痛
0.7%
持続する咳嗽
20%
発熱
3.2%
頻脈
0.7%
頚部痛
16.5%
胸痛+呼吸苦
2.7%
奇脈
0.3%
頸部皮下気腫
14.5%
めまい(非回転)
2.5%
喉頭腫大
0.2%
嚥下障害
14%
摩擦感
2%
著明な皮下気腫
0.2%
Hamman徴候
13.8%
背部痛
1.7%


頸部浮腫
8.8%
全身の脱力
1.7%


胸部レントゲンの感度は83%

SPMの合併症
緊張性気胸
1.2%
症状の増悪
0.2%
再発
0.8%

SPMで重要な身体所見としてHamman's Signがある.
心拍動に一致したCrunching, bubbling, popping, crackling sound
一度聞けば忘れない音で, 心拍動に一致した水疱音
縦隔内のAirの存在を示唆する所見である (縦隔気腫, 気胸+縦隔気腫) 
(Chest 1992;102:1281-2)
心嚢内気腫では, 心音が高くなり, 金属様の音を聴取することもある.

特発性縦隔気腫に対する感度は報告により様々(0−100%)
上記の600例での解析では感度は13.8%のみであり、除外には使用できない。

SPMと類似した状態で特発性心嚢内気腫(Spontaneous Pneumopericardium)がある
心嚢内気腫
 特発性心嚢内気腫は非常に稀な病態
 心嚢内気腫の大半が悪性腫瘍(気管支, 消化管)
 外傷, 手術の合併症
 感染症
 食道/胃潰瘍, 食道裂孔ヘルニアからの瘻孔形成 に起因する
(Thorax 1976;31:460-5)

時に心タンポナーデを来し致死的となり得
 特発性では稀であり, 2次性で認められる.
 瘻孔がある状態での上部内視鏡検査なども原因となり得る.
心タンポナーデ時は心臓が圧排され,
 XPにて縮小された像を認める.
(Heart 2002;88:e5)

特発性縦隔気腫 + 特発性心嚢内気腫はPericardial-mediastinal emphysemaと呼び, さらに稀
 通常出産, 肺Barotrauma, 重度の咳嗽, 喘息, Cocaine inhalation, 塩素ガス吸入, 嘔吐, 運動などがTriggerとなる
 肺血管上の心膜翻転部が最も脆弱であり, 同部位からAirが侵入すると考えられている
(Asian Cardiovasc Thorac Ann 2000;8:59-61)
先天性胸膜心膜欠損による機序も報告されている


特発性縦隔気腫のみならば予後は良好であり, 外来フォローも可能.
ただし, 心嚢内気腫が合併している場合は致死的症例もあるため, 経過観察入院が妥当と考えられる.

特発性縦隔気腫のアセスメント Asian Cardiovascular & Thoracic Annals 2014, Vol. 22(8) 997–1002